檜物屋酒造店 7代目 代表取締役 齋藤一哉さん
福島県二本松市の城下町で、150年以上にわたり日本酒「千功成(せんこうなり)」を造り続ける檜物屋酒造店。
七代目蔵元の齋藤一哉さんとは長いお付き合いがあり、酒蔵を訪ねるたびに、いつも気さくに迎えてくれます。そんな齋藤社長が家業を継いだ理由のひとつは、意外にも大好きな「二本松の提灯祭り」でした。そこには、ふるさとへの深い愛着と、地元の人々とのつながりがありました。
祭りが好きだから、ふるさとに帰ってきた

二本松には、350年以上の歴史を持つ伝統的な祭りがあります。「二本松の提灯祭り」です。七つの町内から太鼓台が繰り出し、たくさんの提灯が夜の城下町を照らします。地元の人々にとって、この祭りは特別な存在。正月には帰省しなくても、提灯祭りには帰ってくる人がいるほどなのだそうです。
齋藤社長も、東京の大学に通っていた頃から、祭りに参加するために二本松へ帰っていました。三人兄弟の長男として生まれましたが、両親から家業を継ぐように強く言われていたわけではなかったそうです。それでも、祭りのために帰省するうちに、地元の人たちが実家の酒を飲んでいる姿を目にするようになります。町の人たちが集まり、酒を酌み交わし、祭りを楽しむ。そこには、いつも檜物屋酒造店の酒がありました。
そんな光景を目にするうちに、家業である酒造りへの思いも変わっていったといいます。大学卒業後は茨城県水戸市の酒蔵で2年間修業し、二本松へ戻って家業に入りました。その後、先代である父親の病気を機に、七代目蔵元として酒蔵を引き継ぎました。ふるさとの祭りが好きで、そこに暮らす人たちが好き。酒蔵を継ぐことは、大好きな二本松とこれからも関わり続けることだったのかもしれません。
地元の人が、いつものように飲む酒

二本松には、大七酒造や奥の松酒造など、全国的にも知られる酒蔵があります。その中で千功成は、二本松城のお膝元、城下町の人々に昔から親しまれてきたお酒です。地元の人が日頃から楽しむだけでなく、よその土地へ出かける際には、お土産として持っていくこともあるそうです。
千功成が大切にしているのは、地域の食文化とのつながりです。例えば、二本松ではカツオにたっぷりのニンニクを添えて食べることがあるそうです。そんな力強い味わいの料理には、あまりに淡麗な酒では物足りない。齋藤社長が考える良い酒とは、その土地の料理と一緒においしく飲める酒。日々の食卓で、地元の人たちが気軽に楽しめるお酒です。
日本酒というと、つい吟醸香や精米歩合、品評会の評価などに目が向きがちです。でも、毎日の食卓に並び、地元の料理と一緒に飲まれる酒には、また別の魅力があります。その土地で暮らす人たちが、いつもの料理を囲みながら、いつもの酒を飲む。千功成は、そんな二本松の日常に寄り添ってきたお酒なのです。
支えてくれる人たちがいるから、酒蔵を続けられる

150年以上の歴史を持つ檜物屋酒造店ですが、順風満帆な時代ばかりではありませんでした。東日本大震災、コロナ禍、そして近年の米価格の高騰。酒蔵の経営にとって、特に厳しかった出来事です。
米の価格高騰は、今も酒蔵の経営に大きな影響を与えています。それでも、地元の人たちが普段から飲んでくれる酒だからこそ、簡単には値上げできない。どのくらいの価格なら、これまでと変わらず飲み続けてもらえるだろうか。長年の愛飲者のことを考えながら、日々の経営を続けています。
これまで何度も大きな困難を乗り越えてきましたが、齋藤社長は決して自分の手腕を誇るようなことはありません。「皆さんのおかげです。本当に」。酒蔵を支えてくれる人たちへの感謝を、飾ることなく口にする。そんなところにも、温かい人柄が感じられます。
現在、檜物屋酒造店の酒造りを担っているのは、地元の杜氏です。かつては岩手県の南部杜氏が酒造りをしていましたが、東日本大震災以降、少しずつ地元の人材へと移行してきました。蔵元として造りたい酒の方向性を伝え、実際の酒造りは杜氏に任せています。
日本酒造りは自然を相手にする仕事で、近年は猛暑の影響で米が硬くなり、思いどおりの酒を造ることが難しい年もあります。それでも齋藤社長は現場の苦労を理解し、思ったような仕上がりにならなかったとしても、あとは自分が頑張って売るだけだと話します。酒を造る人、酒を飲んでくれる人、そして酒蔵を支えてくれる人。檜物屋酒造店は、多くの人たちとのつながりの中で、その歴史を紡いできました。
一杯の酒の向こうに、二本松の歴史がある

二本松の酒を語るうえで、欠かすことのできないのが安達太良山です。安達太良山の豊かな水が米を育て、城下町には米が集まる。その米で酒を造り、町の人たちが酒を酌み交わす。そんな歴史の中から、二本松の酒文化が育まれてきました。
檜物屋酒造店の仕込み水は、安達太良山に降った雪や雨が、長い年月をかけて地下水となったもの。齋藤社長によると、約40年前に降った雪が、今の仕込み水になっているのだそうです。安達太良山の自然が育んだ水と、この土地で受け継がれてきた酒造りの歴史。そんな話を聞きながら千功成を味わうと、二本松の酒がより身近に感じられます。
酒蔵だけでなく、二本松という町を楽しんでほしい

齋藤社長には、酒蔵を訪れる人たちに、もうひとつ楽しんでもらいたいことがあります。それは、二本松という町そのものです。酒蔵をきっかけに二本松を知り、城下町を歩き、温泉に泊まり、ゆっくりとこの土地を楽しんでほしい。そんな思いを持っています。
そこには、学生時代から変わらない、ふるさとへの愛着が感じられます。歴史ある酒蔵で、七代目蔵元に会い、酒造りや町の話を聞く。そして、城下町の人たちが昔から親しんできた千功成を味わう。酒蔵を訪ねる楽しさは、お酒を飲むことだけではありません。そこに暮らす人と出会い、その土地の歴史や文化を知ることにもあります。
二本松を訪れる機会があれば、ぜひ齋藤社長に会いに行ってみてください。きっと、千功成とともに、二本松という町の魅力を感じられるはずです。

