【酒は奥が深すぎます】青木酒造 杜氏 今井隆博さん
「一人前の杜氏になるには、30年は必要ですね。酒造りは奥が深すぎます。」そう話すのは、新潟県南魚沼市にある青木酒造の今井隆博 杜氏。青木酒造は、1717年から続く老舗の酒蔵です。
新潟のお酒は、淡麗辛口と表現されますが、青木酒造のお酒は淡麗でありながらお米の旨味をしっかり感じられる淡麗旨口。代表銘柄の鶴齢という名前は、「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」で知られている江戸時代の随筆家「鈴木牧之(すずき・ぼくし)」が命名したそうです。そんな歴史ある酒蔵の今井杜氏に色々とお話しを伺いました。
『杜氏について』
日本酒の醸造方法とその管理方法は、世界でも類を見ないほど複雑にして精巧です。この技術を継承してきたのが杜氏であり、現在では酒造りを行う技術者を酒造技能者と呼び、酒蔵の長を杜氏、その他の技術者を蔵人と総称して区別しています。杜氏は、酒造りの責任の他、蔵人を総括し蔵内酒造現場の管理も行っています。杜氏とは全ての酒造技術面のエキスパートであるばかりでなく、統率力、判断力、管理能力にひいでた人格者、ジェネラリストであることが要求されるため、蔵人になれば、誰もが杜氏になれるとは限りません。(引用:日本酒サービス研究所)
中学生の頃から職人になりたかった
新潟県南魚沼郡塩沢町(現・南魚沼市塩沢)で姉と妹の三人兄弟で育った今井さん。中学生の頃から高校を卒業したら大工さんや左官屋さんのような職人になることが夢でした。高校生の時にたまたま近所の知り合いが、青木酒造の卸問屋で働いていたのがきっかけで青木酒造でアルバイトを始めました。
夢である職人の仕事とは少し違いましたが、卒業するとそのまま青木酒造に就職。しばらくの間、お酒を販売する営業として働いていました。当時の青木酒造は、地元を中心にお酒を製造販売している会社で決して大きな酒蔵ではなかったそうです。
杜氏制度の崩壊
今井さんが青木酒造に入社して17年が過ぎた頃、日本の多くの酒蔵で杜氏集団による酒造り(杜氏制度)の崩壊が始まりました。もともと杜氏集団は、農漁村の人達が冬場の現金収入を得るために出稼ぎとして酒造り職人をしていました。
日本の近代化が進む中で、厳しい冬場に故郷を離れて酒造りをするより地元の工場などで働く方が遥かに楽だということで酒造り職人になる人は年々減少。また、既存の職人達も高齢化が進み出稼ぎによる酒造りから通年雇用の社員による酒造りへと時代は変わって行きました。
そのような時代背景もあり、いよいよ念願の職人になるため酒造りの道へ進むこととなったのは、今井さんが35歳の秋でした。職人の仕事はとにかく見て覚えるしか無く、できないと怒られ遅くてもまた怒られるという事の繰り返しだったそうです。
『杜氏集団』
統率された出稼ぎ酒造技師集団を杜氏集団と呼ぶ。有力な杜氏集団としては丹波、但馬、能登、越後、南部など全国に約30の杜氏集団が記録に残る。
酒蔵の最高責任者「杜氏」就任
前任の杜氏さんは、30年かけて酒造りを学んだそうです。その杜氏さんから「お前は10年で覚えろ」と言われて無我夢中で酒造りを勉強してきました。さすがに10年で杜氏の仕事を覚えるのは厳しく、酒造りを学んで18年目で杜氏に就任。何代目の杜氏かはハッキリとわからないそうですが、青木酒造の社長は12代目だそうです。
毎年、米の出来も違えば、気候も異なる。データやマニュアルは一切持たず「自分の目で見て判断することの大切さ」を日々蔵人達に伝えています。マニュアルが無いと何もできない蔵人になって欲しくないとの願いからだそうです。
酒造りに携わって25年「まだまだわからない事が多い。今年の米は、今までで一番難しい米だった。」と話す今井杜氏。また飲みたくなる酒を目指し一切手を抜かず、労も厭わず小さい仕込みに想いを込める。
【青木酒造・今井杜氏のこだわり】
1、米と水の温度を合わせて仕込むことで、米のストレスを極限まで減らす。
2、全ての作業は人の都合ではなく、酒の都合に合わせる。
3、巻機山の伏流水と契約農家の契約田んぼの指定米を使用。
毎年8月から翌年6月まで8500俵35種類の酒を11人で造っています。
取材を終えて
初めて青木酒造さんへお邪魔した時の印象は、とにかく皆さん元気が良いな〜。「こんにちは!」見学の要所要所で蔵人の方が手を休めて気持ち良く挨拶してくれます。そんな明るく元気な蔵の雰囲気から、ここの酒が美味いのもすぐに納得。やはり良い仕事をしているか否かは、そこで働いている人の態度や職場の雰囲気に表れるものです。
最高責任者である今井杜氏が特に大切にしているのは人と人の和合。「杜氏だからって怖い顔をしていたら若い人たちはついて来ないよ。」と優しい笑顔で話す今井杜氏の流儀は、『蔵内は全員呼び捨て禁止』『自分だけで決めず皆で相談をする』『お昼ご飯も休憩も皆が揃うまで待つ』『全員禁煙』。そんな厳しくも優しい杜氏の下、皆さん仲が良く、お酒の話でいつも盛り上がっているそうです。
青木酒造のホームページにも「杜氏や蔵人、酒米を栽培する農家の人々ら『造り手』、酒屋や料理店などの『売り手』、鶴齢を愛飲してやまない『呑み手』による和合によって、良い酒は生まれると考えている」とあります。
今井杜氏に一番好きなお酒とおつまみをお伺いしたところ、「鶴齢本醸造(熱燗)と我が家の煮物」だそうです。これからも今井杜氏の醸すお酒に期待しています。